gekidankodama

記事一覧(29)

水は英語でFIRE/小池彩水

ではない。木曜の担当は小池彩水です。今週のブログテーマが水曜日ということで、私の名前には「水」が入ってます。こちら本名でございます。おはぎとぼたもちが同じものであるという豆知識くらいどうでもいいことを話すと、私のラインの名前は「彩未」です頭の良い政経の同期の友達が、ラインの名前を本名だとは思っていけない、常に疑わなければいけない、的なことを言ってたらしく、最初は「?」だったんですけど、とりま真似てみましたすると、フライヤーに載っている自分の名前が心なしか芸名に見えてくる…!木霊で芸名の人って何人かいるんですけど、あれ、私も、芸名、だったかな?的なちなみに、「彩水」の由来は、海や魚といったマリンなものを好きな父親が名字に池が入ってることと合わせて、名前にも水っぽい字を入れたかったらしく、でも名前に海とか湖を入れると面白くなっちゃうから、シンプルに「水」を名前に入れたらしいです、嘘ですまず、家族で海とか行ったことないっす小2くらいのときに授業で名前の由来聞いてこい、みたいなことがあったんですけど、名字の画数に合う名前が書いてある本を見て、そのまま取ってきただけです。何で「水」なのかは著者に聞いてくれ、とその本を買う過程含めて、一時間で決めたとか(てかその本もう無いって言われたので、立ち読み説あります)その話を聞いてから、自分の子供の名前はちゃんと練って決めてあげようと、8才から私は思うようになりましただから、いいなぁと思う名前ストックがめちゃあります「違う星」のブログで誕生日は人格形成に関わっている!って書いたのですが、名前も絶対に関わっていると思うんです中性的な名前の女の子はボーイッシュな子が多いなぁ、とかとにかく私は人よりも名前を執拗に気にする、という、水曜日と何も関係ないお話になりました写真を載せないと!これじゃ載せる写真がない!と思ったので、「水」に関する写真を載せますね

太陽光びかびか〜!/木村のばら

こんばんは。のばらです。すっかり肌寒いですねえ!わたしはというと、なんとお仕事始めまして、まだ始めたばかりなので大変というほど大変ですらないですが…てんやわんやな日々を送っています。お洋服に携わってるのですが、季節先取りなので、もうふた月くらい先の気持ちです。あしたは水曜日、水曜日です。まだまだ水曜日だなあ!と思います。でも思うのも今はまだ悪くないです。嫌なことだと思っていたし、実際快くはないのですが、日々快くないことってたくさんあるのに別だと勘違いしてました。嫌なことだと意地張っていたわたしは、知らないから意地張っていたんだと思います。知らないというのは知らないということでなくて、見ようとしないということ。好きなことを選択、という言葉はお風呂、お風呂はのぼせてしまうしあんまり長くも入ってられないので、一度外で風に当たってみてるような気持ちです。全部好きなことだとわかりました。どれもできるときにやろうと思います!やっぱり飽き性で欲張りで何事もいきなり始めるさそり座界のさそり座なので(しいたけ先生大好き!)少しのあいだやってみようと思っています。わたしはすぐに弱音を吐いてしまうし、打たれ弱いので、月曜日か金曜日がいい。でも人生水曜日がたくさんあると思いますんでね、ん?22(来月の21日で23♡)で人生を語るな、いやなにいってんのかほんとわかんないですけども、わかんないまま口に出してます、水曜日を迎え撃つために火曜日がんばります。がんばった!こだまでは、燦々とカサブランカ、百合の花も咲き乱れまして、いい香りが充ちまして、(全然関係ないですけど、百合の花は微量の有害なガスがでていて、その花に埋もれて人がゆっくりと死ぬという話が相棒にありましたね。実際そんなことあるのかわからないですが、なんて耽美な回なのと思いましたね。わたし花屋で買えるお花が好きですけど香りが強いお花はお花というよか、体験ですよね。濃厚な体験と記憶!)その香りをね、カレーの匂いに変えるべくがんばってまいります。http://ticket.corich.jp/apply/95380/009/予約フォームです。ぜひ!

つまり水曜日は高橋、大輔/本田百音

   百貨店に定休日があって、それが水曜だったらしいんですけど、それで水曜は映画館に人が集まらなかったので、水曜日はレディースデーとして映画割引を始めた。とか、デパートで働く女性が多いため、定休日の水曜をレディースデーにしたとか諸説あるみたいなんですけど、百貨店が水曜休みだったっていうのは大きいみたいですね。あ、レディースデーがなんで水曜かって話です。まぁでもデパートに定休日はない今、レディースデーを続ける理由としては経済的に効果があるからなんでしょうかね。わたしの地元は百貨店壊してイオン建ててその中に映画館入ってますし。? でも水曜日って土日とは違う特別感があります個人的に。給食のパンの日は水曜だったし、だからパンが嫌いな子たちからパンもらってロッカーに入れといて、帰り道にもパン食べるんですよ。日常の中のちょっとした特別感。そうそう、百貨店ってそんな感じだったな〜と思い出しました。あ、私、地元が旭川ってところなんですけど、旭川には丸井今井と西武っていうデパートがあったんですよ。今やどちらもなくなってしまったんですけど。 そんなこと考えてるとみんな私より歩くスピードが早くてどんどん抜かされていきます。あ、いまは大学の南門。いつもの警備のおじさん、いつもの安全をありがとう。でもあの空間には、その日常の特別感は確かにあってですね、5階ぐらいにあった、スポーツ売り場に突如現る最強に雰囲気のある喫茶店とか。ここはなんでも美味しかった記憶があって、マスターのお爺さんに職人のような濃い茶色のイメージがあり、いや、これただのコーヒーのイメージなんじゃないかと思うけど、それが喫茶店中に漂っていました。こういう場所にお母さんと学校帰りに来た時の幸福感といったら!!でも今となってはあの場所は消滅してしまい、イオンみたいな均質空間になっちゃってる訳で。ハハハ。これは小さい頃の私の怒りです。ハハハ。でも、百貨店ができる前はそこに何らかの場所はあったはずで、そこが無くなってしまったときに何らかを思う人のことを考えると「まわるまわるよ時代はまわる」って感じですよ。これからイオンに場所を見いだす人もいるはず?中島みゆきさんは北海道出身です。 あ、中島みゆきさんといえば、私「ミルク32」という歌が好きで、これは札幌のミルクっていう喫茶店の名前なんですよ。あ、喫茶店といえば、旭川の「珈琲亭ちろる」っていう喫茶店があってですね、三浦綾子の「氷点」という小説にでてくる喫茶店でしてね、とても善い喫茶店です。 え〜、話を戻さないようで戻そうとすると、つまり、何が言いたいかって、 高橋大輔がビートルズメドレーのcome togetherに入る瞬間のようなものだと思うんですね。もしくは、「言いたいかって、高橋大輔」の「て、高」の間の空白のようなものだと思うんですね。あ、つまり点のことなんですけど、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、(今、この文字とあなたを挟む媒介であるガラスを人差し指で下から上へとスライドさせているのでしょうか)、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、点ってすごく空白が生まれるんだなってこんな風に顕在化したら思うけど、点は意味を持たないようで持ったり持たなかったりであまりに注視する人はいませんね。あ、高橋大輔です。特にファンというわけではないんですけれど。始まり(Yesterday)でもなく、最高潮のおわり(The Long and Winding Road)でもなく、YesterdayからCome Togetherに変わる瞬間!これが水曜日だと思うわけです。下の動画の1:30の部分なんですけど。ここまで、こんなにも適当な文に耐えながら読んできてくれた人がいるのなら、その人はもう見るしかないですね。

インドと言ったら/小池彩水

『インドの水曜日』に出演します、小池彩水ですインドと言ったら「カレー」ですね!私はナンが大好きで、木霊の人ともたまに食べに行くんですけど、そこのチーズナンが美味しすぎて、一人でインドカレー屋行きましたあ、やっぱり誰かと美味しさを分かち合いたいです、ナンを食べに行ってくれる人募集中です!「インド カレー」と言ったら「葛西」が日本のリトルインディアと呼ばれるらしいです、YouTube情報です!本格的なインドカレーが早稲田から東西線で一本で食べに行けるのはお得情報ですねいや、葛西なんて絶妙な場所にカレーを食べに行くという謎イベントを分かち合いたいです、葛西にナンを食べに行ってくれる人募集中です!「葛西」と言ったら「葛西臨海公園」ですね!インドア派の私のお母さんが唯一小さい頃から連れて行ってくれたテーマパーク(?)です隣にディズニーランドがあるんですけど、そんな事実を知らずに千葉県に住んでいた私は葛西臨海公園が千葉のテーマパークだと思っていました、東京ですけどね、葛西臨海公園は水族館と大きい観覧車があるのでナンの不満もなかったです小さい頃の思い出の場所って異様に土地勘あるし、異様に思い入れがありませんか?私は妄想で行けるくらい土地勘あるし、葛西臨海公園にはめちゃくちゃ思い入れあります、行きたい場所1157日連続で一位です行けよ

さよならのかわりに/水無月光梨

ご無沙汰しております。もう遠い遥か昔の出来事のように思えますが、先日無事に全公演終了いたしました。ご来場くださった皆様はもちろん、当日行けなくても、このブログを読んでくださった方や、少しでも気にかけてくださった方も本当にありがとうございました。今更、作品について語ることは無く、ご覧頂いたものが全てなのですが、ブログにてご挨拶しないのもいかがなものかと思いまして、つらつらと綴っております。と、格好つけて言いましたけど、要はじゃあまたねと背を向け歩き始めた後、まさかなと思っていても振り返ってしまうあの時の気持ちで、ここぞとばかりに職権を乱用し、盛大なるセンチメンタルジャーニーを敢行しようという魂胆です。もしこれを読んでいる方で、公演の裏話や今だから言えるあの日、あの時!的なものを期待している方がいたらごめんなさい。全然そんな話はしません。わたしの話をします。稽古の間、わたしはずっと察して探ってを繰り返していました。相手を傷つけないように、相手の出方を伺っては言葉を選んでいました。それを誰もが「気を遣う」と形容していましたが、そうではないのです。本当のことをありのままに語って嫌われるのが怖かっただけ。相手を傷つける(こう思うこと自体、傲慢ですが)ことで自分が傷つきたくなかっただけなのです。話さなければ相手のことなどわからない、まずは食事でもして話せというテーマを掲げながら、わたし自身が一番それから逃げていました。思えばわたしはこのことをずっとサボってきました。特に父との間において。父はとても真面目で筋の通ってないことを許さない人だったので、わたしは幼い頃からビクビクしながら接していました。どう言ったら伝わるか、ではなく、どう言ったら怒られないか、機嫌を損ねないか、そんなことばかり考えているうちに話すこと自体億劫になり、徐々に苦手意識を持つようになりました。というより、苦手、というある種のレッテルを免罪符に、父から逃げる口実を作っていたのかもしれません。でも、今回の公演でひたすら今まで避けてきた誰かとちゃんと話すこと、すなわち向き合うことから何とか逃げずに(何度か投げ出しそうにもなりましたが)本番を迎え、それを父にも見てもらいました。見終わった父は特に感想を述べるでもなく、ただ一言「よくがんばったね」とわたしに言いました。なんだかそのたった一言でああ、そっか、わたしはこの人の娘なんだと思いました。だからなんだって話なんですけど。それまで「父」とか「娘」という役割ではなく、その人そのものを見るべきだという考えだったので、親、とか、子、という意識があんまりなくて人、と、人、という捉え方をしていてました。だけど、わたしはやっぱりこの人にとってから見たら子どもで娘なのだなと。その人の持つ役割(「先生」とか「先輩」とか「恋人」とか)としてしかその人をみなさないのはやっぱり違うな〜と思いますが、でもその役割として生きてきたその人もその人の一部なわけで、わたしに見せている部分はその役割として生きてきた、その人自身なんだと気づきました。この役割とその人自身の区別ができたことで、自分とその人、の区別もつき、やっと親離れした、と感じました。「親子」という関係からは逃げられないのに、人と人という捉え方をしようとすることで、かえって父と自分をどこかで同一視していたことから解放されたのかもしれません。今回のお話は、関係性の名前、つまりお互いが持っている役割の名前など関係なく、大切な人にはちゃんと思ってること言おうぜ!ということを出発点にしていて、それは今でもわたしの目標ですが、何も全て正直に言えばいいってものでもなくて。一緒にいるために言えないこと、言ってしまったら一緒にいられなくなってしまうかもしれない言葉は絶対にあって、それを口にするのは簡単なことではないです。だけど、それを飲み込んで、心のどっかに隠しておくことがしんどくなって、そうまでして一緒にいるって何だろう?大切な人だからこそ大切なことが言えないのは往々にしてあるけれど、それって実はとても寂しいことだし、不健康な関係なんじゃないのかなと思います。だってきっといつだって、その人といるのが楽しいから、嬉しいから、一緒にいたいと思ったはず。何も、苦しむために一緒にいたいと思ったわけではないはずなんです。