ウイスキー、または人生について/高嶋友行

こんばんは、劇団木霊本公演2018『違う星』に出演しています、高嶋友行です。
現在5月26日、3ステージ目まで無事に終えることができました。いよいよ折返しです。

役者、スタッフ陣の中でも色々と反省点を洗って日々微調整をかけながら、明日からのステージも創りあげていこう!というところなのですが…

この公演真っ只中というのは、きっとどの団体においても、役者としては様々な考えが頭を離れずに、精神的にストイックになっているタイミングなのかな、と思います。

本当に、まじめに、人生における幸せっていったい何だろう、とか、私は何のために、誰のためにお芝居を頑張ってるのかな、とか(ネガティブな気疲れというよりはおそらく)、自分について深く、深く、考えを巡らせていくのです。もちろん今の私も、そのご多分に漏れません。

別に誰かに芝居が稚拙だとか、好感が持てないだとか言われたわけでもないのですが(寧ろ皆さま往々にして嬉しいお言葉をかけてくださり冥利につきるというもの!)、自分について疑ってしまいがちになるのです。

そしてそれは、必ずしも次のステージに良い影響を与えるとは限らないはず。ですから、それを考えることを放棄する、というよりはより良い方向に昇華させていくことが必要となってきます。

ですので私は、こういう機会にはとことん付き合って、自分について深く考え込むことにしました。あくまで、より良いステージを創り出す方向へ向けて、です。

いったいどうすれば良いのか。やはり手取り早いのは、自分にとって信頼のおけるmentor(メンターというのは、ここでは精神的な師の意)に与ることですよね。

私にとってのそれは、少しお恥ずかしいのですが(何故か早稲田大学の文学系の学部にはこのような思潮があります)、あの村上春樹氏であったりします。高校生のときに初めて触れて以来、私の中の何かが確実に変わり始めました。中、というよりも外、認識している世界そのものが変わってきたかもしれませ
ん。だいたいそれくらいの鮮明さでした。

そんな彼の造語で「小確幸(ショウカッコウ)」というのがあります。意はそのまま、小さいけれども確かな幸せ、です。
なんでもその小確幸を見出すためには、ある程度の自己規制が必要なんだとか。
例えば、頑張って大変な運動してから、きりきりと冷えたビールを一杯、くぅーこれだよ、というような。

私はこのエッセイを読んで思わずうーん、と唸ってしまいました。つまりは、大変な稽古の後に食べる中華屋のチャーハン、久しぶりにお洒落して会うガールフレンド、くたびれたときに優しく接してくれる座組の皆んな、そんな彼らを思いながら寝る前に飲むウイスキー、なるほど、私はいま、とっても幸せなのだな、と。

案外、お金さえあれば幸せというのは非常に表面的で、つまらない通念なのかもしれない!と。

これに気付いてしまえばもう後の話は早く、つまりはお芝居ひとつとっても〈台詞、段取りなど〉=[自己規制]のうえに成り立つ、〈自らの芸術的発露、それによるお誉めの言葉やお客さんのプラスな感情〉=[確かな幸せ]という図式があるわけです。

私はもう、じきにまたひとつ歳を取ります。
単なる記号だとしても、私はその瞬間を彼らや彼らと積み上げてきたものと迎えられることを、心から嬉しく、誇りに思います。

まだご覧になられてない方は、ぜひ。
こんなことを考えながらですが、お待ちしています。

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